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東京地方裁判所 平成4年(ワ)5190号 判決

原告

ジェー・シー・パール株式会社

右代表者代表取締役

加地一道

右訴訟代理人弁護士

千葉昭雄

大森勇一

辰野守彦

萩原新太郎

千川健一

佐藤隆昭

被告

山種証券株式会社

右代表者代表取締役

久保秀文

右訴訟代理人弁護士

松下照雄

川戸淳一郎

竹越健二

白石康広

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  主位的請求

被告は、原告に対し、金六六億円及びこれに対する平成二年一二月二七日から支払済みまで年一割二分の割合による金員を支払え。

二  二次的請求

被告は、原告に対し、金六六億円及びこれに対する平成二年一二月二七日から平成五年九月三〇日までは別紙一記載の割合による金員を、同年一〇月一日から支払済みまでは年六分の割合による金員をそれぞれ支払え。

三  三次的請求

被告は、原告に対し、金六六億円及びこれに対する平成二年一二月二七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が、被告との間において、平成二年九月二六日、原告が訴外菱樹エンタープライズ株式会社(以下「菱樹」という。)保有の株式を六三億八一〇〇万円で買い受け、これを被告が同年一二月二六日に六六億円で買い戻すこと等を内容とする資金運用に関する合意が成立したとした上、被告に対し、①主位的に、右合意が、右株式を担保とする金銭消費貸借契約であり、仮に、そうでないとしても、右株式の買戻条件付売買契約であるとして、貸金又は買戻代金六六億円及びこれに対する弁済期の翌日である同年一二月二七日から支払済みまで約定の年一割二分の割合による遅延損害金の支払を、②二次的に、右合意に基づく債務の弁済に関する同年一二月二六日付け念書により和解契約が成立したとして、和解金六六億円並びにこれに対する約定の利息及び弁済期の翌日である平成五年一〇月一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を、③三次的に、右合意に基づく貸金又は買戻代金六六億円及びこれに対する弁済期の翌日である平成二年一二月二七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求めた事案である。

一  基礎となる事実

1  当事者

原告は、訴外阪和興行株式会社(以下「阪和興行」という。)傘下の関連企業の一つで、有価証券投資や金融等を業とする株式会社であり、被告は、有価証券の売買等を業とする株式会社である。(争いのない事実、証人宮井重光、同安田茂の各証言。以下、右各証人を「証人宮井」、「証人安田」という。)

2  本件提案書の作成及びこれに基づく株式取引に至る経緯並びにその内容

(一) 菱樹は、昭和五九年八月二〇日に被告に取引口座を開設し、以来、被告を通じて証券取引を行ってきたが、平成二年三月ころ、それまでに被告を通じて証券市場から取得した別紙二の「菱樹→コーラク」欄記載の日本インターほか一二社の株式合計二五九万株について、株式相場の下落による著しい評価損が発生していたことから、同月末日に決算期を迎えることになっていた同社は、決算に当たり、右株式の評価損を損失として計上することを回避するため、右株式を決算期に保有することを一時的に回避することを企図し、そのころ、被告に対し、右株式をその取得価額に相当の利益を加えた額で買い取った上適当な時期まで保有してくれる相手を紹介するように依頼した。

被告は、右依頼に応じて、原告と同様に阪和興行傘下の関連企業の一つである訴外株式会社コーラク(以下「コーラク」という。)を右株式の買取り先として菱樹に紹介し、同月二八日、阪和興行との間で、コーラクをして右株式を菱樹の取得価額を上回る四六億円で買い受けさせた上同年六月二〇日ころまでこれを保有させること、それに対して被告が年10.5パーセントの利回りを保証することを合意した。そして、コーラクは、右合意に基づき、同年三月二八日、別紙二の「菱樹→コーラク」欄記載のとおり、菱樹から右株式を合計四五億七二〇〇万円で買い受けた。(甲六、九、一三の1ないし13、乙六〇、六六、証人宮井、同安田の各証言)

(二) 菱樹は、被告と阪和興行間の前記合意に基づく被告の斡旋により、別紙二の「コーラク→菱樹」欄記載のとおり、コーラクから、同年六月一日及び同月一八日、前記株式(ただし、株式数は、無償増資分二万四〇〇〇株多くなっている。)を合計四六億九四四〇万円で買い戻した。(甲一四の1ないし13、乙六六、証人宮井、同安田の各証言)

(三) 菱樹は、同年九月ころ、コーラクから買い戻した前記株式の一部及び右買戻し後被告を通じて証券市場から取得した株式等について、株式相場の一層の下落により評価損が発生又は拡大したため、同月末日の中間決算に右評価損を計上することを回避するを企図し、再度、被告に対し、前同様に右評価損の発生している株式をその取得価額に相当の利益を加えた額で買い取ってくれる相手を紹介するように依頼した。(甲六、乙五九、証人宮井、同安田の各証言)

(四) そこで、被告は、右依頼に応じて、同月二〇日ころ、被告の取締役で第一事業法人部長であった安田茂(以下「安田」という。)が、阪和興行の専務取締役松村寿雄に対し、阪和興行傘下の企業において菱樹保有の前記評価損の発生している株式を被告申出の一定金額で買い取るように申し入れた。そして、両者間において折衝した結果、原告が右株式を菱樹から取得することになり、右取得に伴い原告と被告との間に成立した合意内容を示すものとして、安田は、被告取締役第一事業法人部長の肩書きで署名押印した「資金運用の提案」と題する原告代表者あての書面(甲一。以下「本件提案書」という。)を原告に差し入れた。

原告は、これを受けて、同月二六日、別紙二の「菱樹→JCP」欄記載のとおり、菱樹から浅川組ほか一二社の株式合計三〇四万株(以下「本件株式」という。)を取得し、菱樹に六三億八一〇〇万円を交付した。(甲一、六、乙四二ないし五四、五九、六六、証人宮井、同安田の各証言)

(五) 本件提案書の内容は、要旨、次のとおりである。

(1) 前文は、原告の「資金運用の一環として」、被告の「指図により」菱樹から原告名義で「買受けた下記銘柄の有価証券を下記の要領で誠意をもって運用しまちがいなく履行致します。」となっている。

(2) 「記」として、①「全銘柄、株数、単価及び買受代金」は、金額六三億八一〇〇万円、株式一三銘柄で、その内容は、別紙二の「菱樹→JCP」欄記載の株式数、単価、受渡金額のとおり、②期間は、平成二年九月二六日から同年一二月二六日まで、③「利回り」は、年一二パーセント、④同年一二月二六日における「買戻し価格(銘柄、株数、単価、買受金額)」は、金額六六億円、株式一三銘柄で、その内容は、別紙三の銘柄、株数、同日付け約定欄の単価及び買戻価額のとおりとなっているほか、その他の約定として、⑤株式については、被告の指図により原告名で名義書換えを行っても、その所有権及び株主権はすべて被告に帰属する、⑥株式配当金及び還付される源泉税還付金は、原告が被告に代わって受領し、利回り運用代金に充当する、⑦期日での譲渡先、譲渡価格及び受渡し方法については、原告は異議なく被告の指図に従う、⑧以上の取引については、「万一法律上、会計上、税務上、その他の問題が発生した時は」、すべて被告が「責任と負担において解決し、責任は一切迷惑損害を掛けないものとする」となっている。(甲一)

(六) 原告が平成二年九月二六日に菱樹から本件株式を取得し、菱樹に六三億八一〇〇万円を交付した当時における右株式の時価は、別紙三の同日付け時価欄記載のとおり合計三四億六三一五万円であり、また、同年一二月二六日の時点における右株式の時価は、別紙三の同日付け時価欄記載のとおり二八億一八一五万円であった。なお、本件株式についての原告の取得価額と時価との対比及び本件提案書に基づく同年一二月二六日の買戻価額と時価との対比は、別紙三の各市場欄と各約定欄の対比のとおりである。(争いのない事実、甲一〇、一一及び一二の各1ないし5)

3  本件念書の作成とその内容

(一) 被告は、本件提案書により本件株式の買戻期日とされていた平成二年一二月二六日に原告から本件株式を買い戻さず、また、その譲渡先を見つけられなかったことから、同月二八日、被告の代表取締役会長山崎富治作成に係る阪和興行代表取締役北茂あての念書(以下「本件念書」という。)を原告に差し入れた。その内容は、要旨、次のとおりである。(争いのない事実)

(1) 被告は、原告に対し、平成二年一二月二六日を期限とする原告が買い付けた本件株式を六六億円で売却する斡旋不履行の事実を確認する。

(2) 被告は、原告に対し、六六億円の支払義務を認める。

(3) 原告は、被告に対し、前項の支払義務の履行を平成五年九月末日まで猶予する。

(4) 被告は、原告に対し、右猶予期間中、六六億円に対する阪和興行の発行するコマーシャルペーパーの利率に0.5パーセントを加えた割合の金員を支払う。

(5) 原告と被告は、平成三年九月末日までに、右の内容で即決和解をする。

(6) 被告は、原告に対し、本件の処理に当たり、一切迷惑又は損害を掛けないことを確約する。

(二) なお、阪和興行が平成二年一二月二六日から平成五年九月三〇日までの期間に発行したコマーシャルペーパーの利率は、別紙四記載のとおりである。(甲一五)

二  争点

1  消費貸借契約の成立の有無

(一) 原告の主張

(1) 原告は、平成二年九月二六日、被告に対し、六三億八一〇〇万円を、利息年一二パーセント、弁済期同年一二月二六日、特約として、右弁済期に元本に利息一億九三〇〇万三三九七円のほか二五九九万六六〇三円を付加して合計六六億円を返済するとの約定で、貸し渡した(以下「本件消費貸借契約」という。)。

(2) 本件消費貸借契約については、原告は、被告との間で、本件提案書に基づき、菱樹の決算対策として、同社保有の本件株式を原告において六三億八一〇〇万円で買戻条件付きでいったん買い取る形式で、右金員を被告に貸し渡し、弁済期に右株式を被告が六六億円で買い戻す形式で原告に返済する、という合意の下に、これを成立させたものであり、本件株式は、右消費貸借契約における担保として授受されたものである。

(二) 被告の主張

原告主張事実は否認する。

2  買戻条件付売買契約の成立の有無

(一) 原告の主張

仮に、本件消費貸借契約の成立が認められないとしても、原・被告間において、平成二年九月二六日、本件提案書に基づき、本件株式について、次の内容の買戻条件付売買契約が成立した(以下「本件買戻条件付売買契約」という。)。

(1) 原告は、被告の斡旋及び指示に従い、菱樹から本件株式を六三億八一〇〇万円で購入する。

(2) 被告は、原告から、平成二年一二月二六日限り、本件株式を六六億円(購入代金に年一二パーセントの割合による金員及び原告の諸費用を加算した金額)で買い戻す。

(3) 右買戻代金の遅延損害金の割合は年一二パーセントとする。

(二) 被告の主張

原告主張事実は否認する。

本件提案書に基づき原・被告間に成立した合意は、単なる投資運用委託契約であり、原告が貸金の返済額又は買戻代金額として主張する六六億円は、被告の提示した運用目標額にすぎない。

3  和解契約の成立の有無

(一) 原告の主張

(1) 仮に、本件買戻条件付売買契約の効力が認められないとしても、原・被告間において、平成二年一二月二八日、本件念書の内容のとおりの和解契約(以下「本件和解契約」という。)が成立した。

(2) 本件和解契約は、被告の代表取締役会長山崎富治が、原告の親会社である阪和興行の代表取締役北茂に対し、安田が被告の担当者として本件提案書を原告に差し入れて行った取引に関する安田の特別利益提供に伴う断定的推奨に基づく取引の斡旋不履行等を原因とする不法行為による商法二六一条三項、同法七八条、民法四四条又は同法七一五条に基づく被告の責任を全面的に認め、右責任の履行に関して成立したものである。

(二) 被告の主張

原告主張事実は否認する。

本件念書は、今後和解契約を締結する際に原告と被告が最終的に双方の主張を整理し内容を確定することとして、草案程度の確認を行ったものにすぎないから、右念書によっても、本件和解契約は成立していない。

4  本件買戻条件付売買契約の公序良俗違反の有無

(一) 被告の主張(仮定抗弁)

仮に、本件買戻条件付売買契約の成立が認められるとしても、右契約は、以下のとおり、公序良俗に違反して無効である。

(1) 損失の負担を約して勧誘する行為は、平成三年法律第九六号による改正前の証券取引法(以下「旧証取法」という。)五〇条二号によって禁止されていたほか、平成三年大蔵省令第五五号による改正前の証券会社の健全性の準則等に関する省令一条二号によっても、特別の利益提供を約して勧誘する行為が禁止されており、さらに、大蔵省証券局長平成元年一二月二六日付け通達「証券会社の営業姿勢の適正化及び証券事故の未然防止について」においても、損失保証及び損失補てんは禁止されていた。

これらの法令のほか、条理上投資家は利益保証を期待することが許されないことなどを併せると、旧証取法の下においても、損失保証及び損失補てんの約束は、いずれも、公序良俗に違反し無効であるというべきである。

(2) 平成三年法律第九六号による改正後の証券取引法五〇条の二第一項三号(なお、右五〇条の二の規定は、平成四年法律第八七号による改正により一条繰り下げられ、同条の三となっている。以下、右改正後の規定を「現証取法」として表示する。)では、証券会社が自ら又は第三者をして損失補てんの実行をすることが禁止され、同法一九九条一の六では、右規定の違反行為に対する罰則が定められている。これらの規定は、一般的網羅的に損失補てんの実行を禁止するものであり、現証取法施行前にされた損失保証の約束に基づく損失補てんを特に除外する規定は存在しない。

したがって、現証取法施行前にされた損失保証の約束に基づいて証券会社が同法の施行後に損失補てんを実行する行為も現証取法五〇条の三第一項三号の規定により禁止され、これに違反する行為は処罰の対象になるから、同法施行前の損失保証の約束であっても、現在となっては、証券会社がこれを履行することは許されず、結局、右約束は、現在では公序良俗に違反し無効なものとなったというべきである。

(3) 株式の損失保証約束と買戻条件付売買契約は、確定金額の保証及びその実現という面で全く同一の目的及び機能を有するものであり、ただ保証の内容それ自体を合意内容とするか、あるいは保証の内容どおりに買戻権を留保した合意とするかという法形式上の差異が存在するにすぎない。

したがって、仮に、本件買戻条件付売買契約の成立が認められるとしても、右契約は、現証取法五〇条の三の規定が禁止する「財産上の利益を提供する」行為に該当するから、右(1)及び(2)のとおり、公序良俗に違反し無効なものというべきである。

(4) また、本件買戻条件付売買契約は、菱樹に生じた損失を原告が補てんすること及び右補てんによって原告に生じた損失について被告が補てんの約束をすること、すなわち被告が原告を介在させて間接的に菱樹に生じた損失を補てんすることを内容とするものであるから、この点からみても、右(1)及び(2)のとおり、公序良俗に違反し無効なものというべきである。

(5) なお、本件買戻条件付売買契約においては、前記一2(六)のとおり、本件株式について時価とかい離した価額で売買が行われているが、右契約は、同一2(一)ないし(四)のとおり、本件株式をめぐり、菱樹からコーラクに、コーラクから菱樹に、さらに菱樹から原告にと、順次直取引が行われたその最終段階に位置するものである。そして、これらの直取引は、いずれも相互に独立した取引ではなく、当初に菱樹が被告と行った証券取引上の損金が順次後送りされたものであり(いわゆる「飛ばし」)、その間の累積損金及び新規発生損金が加算された結果、時価とかい離した売買という「飛ばし」取引の特殊性を生じたものにほかならない。

したがって、このような取引形態も、本来、株式取引の投機性の市場原理に服すべきものであるから、現証取法五〇条の三にいう「有価証券の売買その他の取引」に含まれ、同条の規制を受けるものというべきである。

(二) 原告の主張

(1) 旧証取法五〇条二号は単なる取締法規であって、これに違反する取引の私法上の効力には何ら影響を及ぼさないと解すべきであるから、同法の下での損失保証の約束は、何ら公序良俗に違反せず有効である。

(2) 現証取法五〇条の三第一項三号では、証券会社による損失補てんの実行が禁止され、違反行為には罰則が定められているが、右(1)のとおり旧証取法の下で私法上有効であった損失保証の約束が現証取法によって何らの補償もないまま無効とされるような法解釈は、憲法二九条三項に違反し許されないものであるから、旧証取法の下における損失保証の約束に基づく損失補てんの実行には、右規定の適用がないというべきである。

そして、法律行為の効力は行為当時の法令に照らして判断すべきものであるから、旧証取法の下で有効に成立した損失保証の約束は、その後の法令の改正によってもその効力に何ら影響を受けないものというべきであり、右約束は、現証取法の下でも公序良俗に違反せず有効である。

(3) 現証取法五〇条の三第一項一号は、「損失が生じることとなり」、又は「利益が生じないこととなった場合」における財産上の利益提供に関する約束等を禁止しているが、右にいう「損失が生じることとなり」、又は「利益が生じないこととなった場合」とは、いずれも当然の前提として、「相場の変動により」という修飾語が内包されているものと解すべきである。したがって、このことからも明らかなように、現証取法五〇条の三第一項各号は、相場価額での取引を前提として、相場の変動に伴う損失の保証及び損失の補てんを禁止したものというべきであるから、時価とかい離した価額での株式の売買及び買戻しは、同条項による規制の対象とはならないと解すべきである。

本件買戻条件付売買契約は、時価の二倍近い価額で株式を買い受け、後にこれを右価額に利回りを加えた価額で買い戻すというものであるから、右規定による規制の対象とはならず、何ら公序良俗に違反するものではない。

(4) 菱樹が本件株式を取得した価額は明らかではなく、原告が菱樹から本件株式を買い受けたことが菱樹に対する損失補てんに当たるかどうかは不明である。

仮に、本件買戻条件付売買契約が菱樹に対する損失補てんに当たるとしても、右契約における株式の売買価額は、被告によって一方的に決められたものであり、原告は、どのような基準に基づいてその価額が決められたものかについては被告及び菱樹から何も知らされなかった。したがって、原告には、本件株式を買い受けたことが菱樹に対する損失補てんに当たるということの認識がないから、原告の右買受け行為に違法性はなく、本件買戻条件付売買契約が公序良俗に違反することはないというべきである。

5  本件和解契約の公序良俗違反の有無

(一) 被告の主張(仮定抗弁)

仮に、本件和解契約の成立が認められるとしても、右和解契約は、右4(一)のとおり、公序良俗に違反して無効な本件買戻条件付売買契約について、その履行方法等を合意したものであるから、結局、右和解契約もまた公序良俗に違反し無効である。

(二) 原告の主張

右4(二)のとおり、本件買戻条件付売買契約は公序良俗に違反せず有効であるから、本件和解契約もまた公序良俗に違反せず有効である。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

前記第二の一2(四)のとおり、原告は、平成二年九月二六日に菱樹から本件株式を取得し、菱樹に六三億八一〇〇万円を交付しているが、これについて、原告は、右の六三億八一〇〇万円は本件提案書に基づく合意の下に原告が被告に対し本件株式を担保として貸し渡したものである旨主張し、証人宮井の証言及び甲六の同証人の陳述記載には、これに沿う部分がある。

しかしながら、一般に、株式を担保とする金銭消費貸借契約においては、貸付額、弁済額、弁済期、弁済方法、利息及び遅延損害金等の消費貸借契約の基本的事項と、担保とする株式の銘柄、担保の実行時期及び実行方法等の担保設定契約の基本的事項とが、それぞれ定められているのが通常である。ところが、前記第二の一2(四)及び(五)のとおり、原告が菱樹から本件株式を取得し、菱樹に六三億八一〇〇万円を交付するに際し、原・被告間に成立した合意内容を示すものとして安田が原告に差し入れた本件提案書は、これらの消費貸借契約及び担保設定契約の基本的事項を定めるものとはなっておらず、むしろ、その標題は「資金運用の提案」とされている上、その内容においても、「運用」、「買受代金」、「利回り」、「買戻し価格」といった文言が随所に用いられ、通常の消費貸借契約の成立を証する書面とは全くその趣き及び内容を異にしている。また、本件提案書が原告に差し入れられた当時のいわゆる短期プライムレートは年八パーセント(この点は当事者間に争いがない。)と右提案書に記載された利回りを四パーセントも下回っていたのであるから、もしも、真実被告に資金借入れの必要があったのならば、証券会社である被告としては、銀行等の金融機関から右提案書の利回りよりはるかに低い利率で融資を受けるのが通常であり、特段の事情がない限り、原告のような一般の事業会社から、しかも年一二パーセントという高い利率で資金を借り入れるようなことはあり得ないと考えられるところ、本件においては、そのような特段の事情を認めるに足りる証拠は全く見当たらない。

さらに、前記第二の一2(一)ないし(四)で認定した本件提案書の作成及びそれに基づく原告の本件株式取得に至る経緯にかんがみると、被告が菱樹の決算対策に協力するために殊更に原告の場合についてのみ資金の借入れという手法を選択すべき経済的合理性も存しないというべきである。

以上の諸点に照らすと、原告の前記主張に沿う証人宮井の証言及び甲六の同証人の陳述記載は、現証取法の施行により、原告が被告に対し本件提案書の内容の履行を求めるにつき損失補てんの問題が生じ得ることから、あえてこれを回避すべく、本件株式取得に伴い菱樹に交付した六三億八一〇〇万円について、被告との間の本件株式を担保とする金銭消費貸借であると強弁しているものといわざるを得ず、到底信用することができない。そして、他に、本件消費貸借契約の成立を認めるに足りる証拠はない。

二  争点2について

前記第二の一2(一)ないし(五)で認定した本件提案書の作成及びそれに基づく原告の本件株式取得に至る経緯、右株式取得の状況並びに本件提案書の内容に証人宮井の証言を総合して判断すると、本件買戻条件付売買契約の成立(ただし、原告主張の買戻代金の遅延損害金の割合を年一二パーセントとする約定の部分を除く。本件提案書にいう利回り年一二パーセントは、六三億八一〇〇万円に対する利回りを指すものと解される。)を優に認定することができる。

なお、本件提案書の内容として、被告が平成二年一二月二六日に本件株式を六六億円で買い受ける代わりに、右金額による買受先を斡旋することも可能なものとなっているが、右買受先を斡旋することができないときは、結局、被告がこれを買い受けるべき内容となっているものと解されるから、右の点は、本件買戻条件付売買契約成立の認定の妨げとはならない。

これに対し、被告は、本件提案書に基づき原・被告間に成立した合意は単なる投資運用委託契約であって、原告が買戻価額として主張するものは、被告の提示した運用目標額にすぎない旨主張し、証人安田の証言及び乙五九の同証人の陳述記載には、これに沿う部分がある。

しかしながら、前記第二の一2(一)ないし(五)で認定した各事実、特に本件提案書の内容、及び同一3のとおり平成二年一二月二八日に本件提案書に基づく履行に関して本件念書までが作成されていることに照らして判断すると、証人安田の右証言及び乙五九の陳述記載は、本件提案書の内容について、その文言に即した合理的説明も何らしていないなど、自ら本件提案書を作成して原告に差し入れ、本件紛争の基を作った同証人の立場を反映して、責任回避の言に終始しているものといわざるを得ず、到底信用することができない。そして、他に、本件買戻条件付売買契約成立の認定を妨げるに足りる証拠はない。

三  争点4について

1  まず、本件買戻条件付売買契約が現証取法で禁止された行為に該当するか否かについて判断する。

(一) 現証取法の規定について

現証取法五〇条の三第一項は、その各号において、有価証券の売買その他の取引等につき、①顧客に損失が生じることとなり、又はあらかじめ定めた額の利益が生じないこととなった場合には自己又は第三者がその全部又は一部を補てんし、又は補足するため当該顧客又は第三者に財産上の利益を提供する旨を、当該顧客又はその指定した者に対し、申し込み、若しくは約束し、又は第三者をして申し込ませ、若しくは約束させる行為(損失保証及び利益保証。一号)、②自己又は第三者が当該有価証券等について生じた顧客の損失の全部若しくは一部を補てんし、又はこれらについて生じた顧客の利益に追加するため当該顧客又は第三者に財産上の利益を提供する旨を、当該顧客又はその指定した者に対し、申し込み、若しくは約束し、又は第三者をして申し込ませ、若しくは約束させる行為(損失補てん及び利益追加の約束。二号)、③当該有価証券等について生じた顧客の損失の全部若しくは一部を補てんし、又はこれらについて生じた顧客の利益に追加するため、当該顧客又は第三者に対し、財産上の利益を提供し、又は第三者をして提供させる行為(損失補てん及び利益追加の実行。三号)を禁止している。

そして、同条の三第二項は、その各号において、証券会社の顧客が、自己の要求により、右①及び②の約束を得ること(二号、三号)並びに③の利益の提供を受けることも禁止し、さらに、これらの規定の違反に対しては、同法一九九条一号の六及び二〇〇条三号の三において、懲役刑を含む重い刑罰が定められている(なお、同法(平成三年法律第九六号により改正されたもの)は、同年政令第三六六号により、平成四年一月一日から施行されたが、罰則については、同法附則二項により、施行日以後の行為についてのみ適用されることとされている。)。

ところで、現証取法五〇条の三第一項の規定が、このように証券取引に関し、証券会社に対し、顧客に対する損失保証及び利益保証並びに損失補てん及び利益追加の約束、さらにはこれらの実行を刑罰まで定めて禁止した趣旨は、右のような行為が、証券市場における正常な価格形成機能をゆがめるとともに、市場仲介者としての証券会社の公正性に反する上、市場における取引参加者に本来要求されるべき自己責任の原則にも反し、ひいては、それにより証取法の目的とする有価証券の取引の公正と有価証券の円滑な流通の確保(一条参照)が阻害されることから、これを厳格に禁止することにあるものと解される。

右のような五〇条の三第一項の規定の趣旨及び内容に照らすならば、右規定は、その名目のいかんを問わず、実質的にみて、右規定に定める損失保証若しくは利益保証又は損失補てん若しくは利益追加の約束若しくは実行に該当するならば、これを一律かつ網羅的に禁止するものと解するのが相当である。

(二)  本件買戻条件付売買契約の現証取法五〇条の三第一項の該当性について

(1)  本件買戻条件付売買契約は、前記第二の一2(四)、(五)及び第三の二で認定したとおり、被告の指図により原告が菱樹から本件株式を代金合計六三億八一〇〇万円で買い受けること及び約定の買戻期日に被告が自ら原告から右株式を代金合計六六億円で買い受けることを主な内容としている。そこで、本件買戻条件付売買契約について、前者の点と後者の点に分けて、それぞれ現証取法五〇条の三第一項各号の該当の有無を検討することとする。

(2)  まず、前者の点について検討すると、前記第二の一2(三)及び(四)で認定したとおり、原告と菱樹との間の本件株式の売買は、菱樹が、平成二年九月末日の中間決算に当たりその保有する株式について株式相場の下落によって評価損が発生していたことから、被告に対し、決算対策としてこれらの評価損が発生している株式をその取得価額に相当の利益を加えた額で買い取ってくれる相手を紹介するよう申し入れ、これに応じた被告が、原告に右株式の買受けを依頼し、原告が、これに応じて、同一2(六)のとおり、菱樹から、当時の時価合計三四億六三一五万円の本件株式を六三億八一〇〇万円で買い受けたものである。

これは、証券会社である被告が、菱樹に対しその保有する本件株式について生じていた評価損を補てんした上更に利益を追加する目的で、原告に対し、相場価額をはるかに上回る価額で右株式を買い受けるよう依頼し、これに応じた原告をして菱樹から右株式を右価額で買い受けさせたものであるから、被告の右行為は、第三者をして損失補てん及び利益追加を実行させたものに当たり、現証取法五〇条の三第一項三号に該当するというべきである。

そして、前記第二の一1及び2(一)、(二)のとおり、原告は、阪和興行傘下の企業として、有価証券投資等を業としており、同じく阪和興行傘下のコーラクが、本件買戻条件付売買契約に至る経緯の中で菱樹に対する決算対策として本件株式のうち約半数のものについて菱樹からその取得価額を上回る価額でこれを買い受け、その後再び自己の利益を加えた額でこれを同社に売り渡しているのであるから、同じ阪和興行傘下の企業である原告としては、これらの経緯を当然知っていたものと推測されること、同(四)のとおり、被告が阪和興行に対しその傘下企業において菱樹保有の本件株式を被告申出の一定金額で買い取るように申し入れた際、被告の担当者安田は、阪和興行側に菱樹の決算対策に協力して欲しい旨伝えていること(甲六、乙五九、証人宮井、同安田)、そして何よりも、同(一)ないし(三)のとおり、本件買戻条件付売買契約以前から株式相場は下落を続けており、そのような状況の中で、中間決算の時期を間近に控えて市場を通さずに相場価額の二倍近い価額で株式を買い受けるということは、菱樹の保有する株式について生じている評価損の補てん以外には通常あり得ないことを、証券取引にかかわる者ならば誰でも容易に推測し得ること、以上の事情を総合すると、原告は、本件株式の売買が菱樹に対する損失補てんに当たることを十分に認識した上で、あえて被告と本件買戻条件付売買契約を締結したものと認定するのが相当であり、右認定を妨げるに足りる証拠はない。

そうすると、原告は、菱樹から相場価額をはるかに上回る価額で本件株式を買い受けたことにより、被告の現証取法五〇条の三第一項三号違反の行為に情を知って加巧したものといわざるを得ない。

(3)  次に、後者の点について検討すると、被告による原告からの本件株式の買戻しの合意は、被告の依頼に応じて本件株式を相場価額より著しく高額で菱樹から買い受けることを約束した原告に対し、被告が、その取得価額に約定の利回り相当額を加えた価額で右株式を買い受けることを約束したものにほかならない。

そして、原告が菱樹から本件株式を相場価額より著しく高額で買い受けることにより、原告には、右株式の相場価額と取得価額との差額相当額の損失が生ずることは明らかであるから、被告が原告に対し右株式についてその取得価額に約定の利回り相当額を加えた価額での買受けを約束することは、取りも直さず、被告自らが原告に対し損失保証及び利益保証を約束したものにほかならず、したがって、被告による原告からの本件株式の買戻しの合意は、現証取法五〇条の三第一項一号に該当するものというべきである。

これに対し、原告は、同号にいう「損失が生じることとなり」、又は「利益が生じないこととなった場合」における「損失」及び「利益」とは、相場価額での取引を前提として、相場の変動によって生じた損失及び利益に限られるものであるとし、したがって、同号は右のような損失及び利益についての保証を禁止しているものであるから、そもそも相場価額と無関係に取得価額及び買戻価額が定められた本件買戻条件付売買契約の場合には、同号に該当する余地はない旨主張する。

確かに、現証取法五〇条の三第一項一号にいう顧客に「損失が生じることとなり」、又は「利益が生じないこととなった場合」とは、通常は、直接的に相場の変動により損失が生じ、又は利益が生じないこととなった場合を指すものと解されよう。そして、この場合は、事前の損失保証又は利益保証の時点において、損失又は利益の発生の有無及びその金額が不確定な場合である。

しかしながら、同号は、特に右にいう損失又は利益が直接的に相場の変動によって生じたものであることに限定した規定を設けておらず、これは、同号の規定の適用をそのような場合に限定する趣旨のものではないことを示しているものと解すべきである。

すなわち、有価証券の売買その他の取引において、もしも、当初から相場の変動いかんにかかわらず損失又は利益の発生を確実にさせた取引形態を採れば同号の規定の適用がないとするならば、例えば、証券会社は、顧客との間において、当初から相場価額にその後の相場変動では回復不可能な程度の一定の金額を上乗せさせた価額で株式を取得させ、一定期間経過後に右取得価額に一定割合の利益を追加させた価額で買い戻すという取引形態を採ることにより、容易に同号の規定を潜脱することが可能となる。本件買戻条件付売買契約は、正にこのような類型に属する。

そして、本件買戻条件付売買契約について、実質的に考察しても、証券会社である被告が、菱樹保有の本件株式について生じた損失を原告をして補てんさせるために、原告に一定の利回りを保証した上で、相場価額をはるかに上回る価額で買い取らせ、一方、原告は、実質的にみれば、被告の保証する右買取価額と相場価額との差額の損失補てんと一定の利回りを期待して、これに応じたものであって、本来、原告の相場価額を上回る価額での右買取りにより生じた損失は、被告の右のような保証の下に、原告が菱樹について生じていた損失をいわば引き継いだものということができる。このような形態での損失補てんによる損失の引継ぎは、ある意味においては、直接的に相場の変動によって生じた損失又は利益に関しての保証の場合以上に、証券市場における正常な価格形成機能をゆがめるとともに、有価証券の取引の公正を害するものであって、前示のとおり、現証取法五〇条の三第一項の規定が、その名目のいかんを問わず、実質的にみて、右規定に定める損失保証若しくは利益保証又は損失補てん若しくは利益追加の約束若しくは実行に該当するならば、これを一律かつ網羅的に禁止するものであることにかんがみると、同項一号がそのような場合を禁止の対象から除外しているものとは到底解することができない。

したがって、同号にいう「損失」とは、直接的に相場の変動によって生ずるものには限定されず、本件買戻条件付売買契約のように、当初から損失の発生が見込まれるような相場価額より高い価額で株式を取得したことによって生じた損失をも含むものと解すべきであるから、右契約における本件株式の買戻しの合意は、同号で禁止された行為に当たるものと解するのが相当である。これと異なる原告の主張は、採用することができない。

(三) 以上のとおり、本件買戻条件付売買契約は、被告の指図により原告が菱樹から本件株式を買い受ける点において現証取法五〇条の三第一項三号に、被告が原告から右株式の買戻しを約束する点において同項一号にそれぞれ該当することになる。

ところで、本訴請求のうち、本件買戻条件付売買契約に基づく請求は、右契約に基づき本件株式の買戻しの履行を求めるものであるから、結局のところ、同項一号に該当する約束の履行を求めるものにほかならず、この点に着目するならば、右請求は、被告に対し、同項三号に規定する損失の補てんのための財産上の利益の提供を求めるものというべきである。

2  次に、本件買戻条件付売買契約の公序良俗違反の有無について判断する。

(一)  現証取法五〇条の三第一項各号に該当する契約の私法上の効力について

右条項が、証券取引に関し、前記1(一)で判示したような趣旨により、損失保証及び利益保証並びに損失補てん及び利益追加の約束及び実行を禁止するとともに、顧客に対しても、証券会社に要求して右のような約束をさせ、又は利益の提供をさせることを禁止し、それらの違反に対しては、懲役刑を含む重い刑罰まで定めて、その遵守を求めていることにかんがみると、今日においては、右各号に該当する行為は、証券取引の秩序を害するものとして、私法的な価値秩序の下においても、社会的に許容されない反社会的な行為であるとの認識が、社会の一般的な観念として確立しているものというべきである。したがって、今日においては、右各号に該当する契約がされたとすれば、右契約は、公序良俗に反する事項を目的とするものであり、民法九〇条により無効であるといわなければならない。

(二)  本件買戻条件付売買契約の私法上の効力について

(1)  本件買戻条件付売買契約が成立した時期は、現証取法施行前であり、旧証取法には、現証取法五〇条の三第一項各号が定める行為を禁止するような規定は存しなかったものである(旧証取法五〇条二号が損失の負担を約して勧誘する行為を禁止していたが、その違反行為に対して罰則の定めはなかった。)。

そこで、旧証取法の時代に成立した本件買戻条件付売買契約の効力を民法九〇条の適用との関係で検討すると、同条が公序良俗違反の行為を無効としている趣旨は、社会的に許容されない反社会的な法律行為についてはその効力を否定することによりその実現を拒否すること、具体的には、裁判所はそのような法律行為の実現には助力しないことにあると解されるから、当該法律行為が公序良俗に違反するか否かの判断は、単に当該法律行為がされた時点における公序良俗に照らすのみでなく、当該判断をする時点における公序良俗にも照らして、換言すると口頭弁論終結時における公序良俗にも照らして行うべきものと解するのが相当である。

そうすると、本件買戻条件付売買契約は、本件口頭弁論終結の時点を基準にして判断すると、現証取法五〇条の三第一項一号及び三号に違反するものであるから、前記(一)で判示したところから明らかなとおり、公序良俗に違反する事項を目的としたものといわざるを得ず、したがって、無効であるといわなければならない。

(2) また、以上の点を離れても、前記1(三)で判示したとおり、本訴請求のうち、本件買戻条件付売買契約に基づく請求は、現証取法五〇条の三第一項一号に該当する約束の履行を求めるものであるから、同項三号に規定する損失の補てんのための財産上の利益の提供を求めるものにほかならない。そして、右請求自体は、現証取法の施行後においてされているものであるから、もし、被告が右請求に応じるとすれば、同号違反となる関係にある。

そうだとすると、右請求は、その行為時の公序良俗に照らしても、これに違反するものといわざるを得ないから、この点からみても、右請求は許されないものというべきである。

(3) これに対し、原告は、法律行為の効力は当該行為当時の法令に照らして判断すべきものであるから、旧証取法の下で有効に成立した損失保証の約束はその後の法令の改正によってもその効力に影響を受けないものというべきであるとして、本件買戻条件付売買契約は公序良俗に違反しないとし、また、旧証取法の下で私法上有効であった損失保証の約束が現証取法によって何らの補償もないまま無効とされるような法解釈は憲法二九条三項に違反して許されないものであるから、旧証取法の下における損失保証の約束に基づく損失補てんの実行には、現証取法五〇条の三第一項三号の規定の適用はない旨主張する。

しかしながら、まず、前者の点について検討すると、前示のとおり、本件買戻条件付売買契約が無効であるというのは、本件口頭弁論終結の時点を基準にして判断すると、右契約が公序良俗に違反して無効であるとするものであって、決して現証取法五〇条の三第一項一号及び三号を遡及的に適用して右遡及適用の結果、換言すると、右各号に該当することにより、即無効とするものではない。あくまで、民法九〇条の趣旨、目的からして、公序良俗違反の有無の判断は、その判断時の公序良俗にも照らして行うべきものであると解されることから、本件買戻条件付売買契約が無効となるものにすぎない。もし、このように解さないと、現時点においては到底社会的に許容されないような反社会的な法律行為を法が許容し、その実現に手を貸すことにならざるを得ないが、民法九〇条がかかる結果を容認するとは到底解することができない。なお、付言すると、本件買戻条件付売買契約が無効となる結果、被告はその履行を免れることになるが、それは、右契約が公序良俗に反することに伴う反射にすぎず、そのような結果は、一般に法律行為が公序良俗違反となる場合に通常随伴する現象であって、それが決して被告の利益を擁護するためのものでないことは、改めていうまでもないところであろう。

次に、後者の点について検討すると、原告は、右のような解釈について憲法二九条三項をうんぬんするが、もともと本件買戻条件付売買契約が公序良俗に違反するものとして無効となるのは、前示のとおり、結局のところ、それが証券市場における正常な価格形成機能をゆがめるとともに、有価証券の取引の公正を害するからであって、右契約のそのような性質は、現証取法五〇条の三第一項の規定の適用の有無とはかかわりなく、右契約が、その成立当初から、その行為属性として有していたものである。そして、右契約は、そのような行為属性の故に、右規定の施行を契機に確立した公序良俗に違反することになったものであるから、右契約が無効となるのは、財産権たる右契約から生じる債権に内在する制約に基づくものと解すべきであり、したがって、前記のような解釈をしたからといって、憲法二九条三項違反の問題が生じる余地はないというべきである。

以上の次第で、原告の前記主張は、いずれも採用することができない。

四  争点3及び5について

1  前記第二の一3(一)の事実並びに甲六及び証人宮井の証言によれば、本件買戻条件付売買契約に基づく本件株式の買戻期日である平成二年一二月二六日が近付いた同月一五日ころ、被告の代表取締役会長の山崎富治が阪和興業の代表取締役社長の北茂のもとを訪れ、被告の決算対策等を理由に右買戻期日の延期を求めたこと、その後、被告側は右山崎のほか、専務取締役の山崎稔らが、原告側は右北のほか、常勤監査役の宮井重光らがそれぞれ右買戻期日の延期に伴う諸条件について折衝した結果、本件念書の内容のとおりの合意が成立し、それを証するものとして、被告から原告に本件念書が差し入れられたこと、以上の事実が認められる。

右認定事実によれば、原・被告間において、平成二年一二月二八日に本件買戻条件付売買契約の履行をめぐって、本件念書の内容のとおりの本件和解契約が成立したものと認定するのが相当である。

2  そこで、本件和解契約の公序良俗違反の有無について判断する。

前項で認定した事実によれば、本件和解契約は、本件買戻条件付売買契約の履行をめぐって、被告がその履行の猶予を求めたことから、右猶予に伴う諸条件について双方が互譲した上、成立したものであることが明らかである。

そうすると、結局のところ、本件和解契約は、本件買戻条件付売買契約の履行に関して成立したものであるから、右買戻条件付売買契約が前示のとおり公序良俗に違反し、本来、その履行が求められないものである以上、その履行に関して成立した本件和解契約も、公序良俗違反の性質を有するものといわざるを得ない。したがって、本件和解契約も、公序良俗に反する事項を目的とするものとして、無効というべきである。

第四  結論

以上によれば、原告の請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官横山匡輝 裁判官江口とし子 裁判官市原義孝)

別紙一、二、三〈省略〉

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